名古屋地方裁判所 昭和52年(行ウ)36号 判決 1981年1月30日
愛知県葉栗郡木曽川町大字黒田字南八ツケ池一二番地の二
原告
水野价造
右訴訟代理人弁護士
鍵谷恒夫
一宮市栄町四丁目五番七号
被告
一宮税務署長
小栗徳夫
右指定代理人
山野井勇作
同
太田健治
同
梅田義雄
同
原田耕平
同
青敏博
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和五一年八月一〇日付でなした昭和四八年分、同昭九年分、同五〇年分所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各更正処分等」という)をいずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
(請求原因)
一 本件各更正処分等のなされるに至った経緯
1 確定申告
原告は、美容院、喫茶店等を営むものであるが、昭和四八年分所得税について同四九年三月一二日、同四九年分所得税について同五〇年三月一三日、同五〇年分所得税について同五一年三月一三日に、別紙一課税処分表の「申告」欄記載のとおり確定申告をなした。
2 本件各更正処分等
被告は、昭和五一年八月一〇日、別紙一課税処分表の「更正」欄記載のとおり総所得金額及び税額を更正するとともに、過少申告加算税の賦課決定をした。
3 異議申立及び決定
原告は、右各処分を不服として、昭和五一年一〇月六日、被告に対して異議申立をしたが、被告は、同五二年一月六日付でこれを棄却する決定をなし、その旨原告に通知した。
4 審査請求及び裁決
原告は、右異議決定を不服として、昭和五二年二月三日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同所長は、同年九月二八日付でこれを棄却する裁決をなし、原告は、同年一〇月七日ごろ、その裁決書謄本の送達を受けた。
二 本件各更正処分等の違法性
然しながら、本件各更正処分等は、被告係官の違法な質問調査に基づき、かつ、理由のない推計課税に基づきなされた点において、違法事由があり取消しを免れない。
(請求原因に対する認否及び被告の主張)
一 請求原因に対する認否
第一項の事実は認めるが、第二項の主張は後記のとおり争う。
二 本件各更正処分等の正当性
原告の本件係争各年分の総所得金額は次のとおりであるから、その範囲内でなされた本件各更正処分等は、いずれも適法である。
(昭和四八年分)
総所得金額 五四七万一、六二五円((一)+(二))
(一) 美容の部(1-2) 三六八万一、三二〇円
1 総収入金額((1)+(2)) 一、〇六六万六、七一八円
(1) 国道端店舗(木曽川町大字黒田字南八ツケ池一一一番地の二所在、以下同じ)の分五〇四万四、〇一八円
別紙二「同業者一覧表(美容の部)昭和四八年分」に記載の、同業者一八名のセット椅子一台当り収入金額の平均一一五万七、三六四円に、原告の国道端店舗のセット椅子台数五台を乗じて得た収入金額五七八万六、八二〇円と、右同業者一八名の従事員一人当り収入金額の平均一四三万三、七三九円に原告の右店舗の従事員数三人を乗じて得た収入金額四三〇万一、二一七円とを平均して得た推計額である。
(2) 駅裏店舗(木曽川町大字黒田字下市場南一二五番地の一所在、以下同じ)の分五六二万二、七〇〇円
前記同業者らのセット椅子一台当り収入金額の平均一一五万七、三六四円に原告の駅裏店舗のセット椅子台数六台を乗じて得た収入金額六九四万四、一八四円と、右同業者らの従事員一人当り収入金額の平均一四三万三、七三九円に原告の右店舗の従事員数三人を乗じて得た収入金額四三〇万一、二一七円とを平均して得た推計額である。
2 必要経費((1)+(2))六九八万五、三九八円
(1) 一般経費(イ+ロ)四二三万八、九五四円
イ 国道端店舗の分二〇〇万四、四九三円
前記総収入金額中にしめる国道端店舗の分五〇四万四、〇一八円に、別紙二「同業者一覧表(美容の部)昭和四八年分」記載の前同業者らの一般経費率(収入金額に対する売上原価を含む一般経費の割合)の平均三九・七四パーセントを乗じて得た推計額である。
ロ 駅裏店舗の分二二三万四、四六一円
前記総収入金額中にしめる駅裏店舗の分五六二万二、七〇〇円に右同様一般経費率の平均三九・七四パーセントを乗じて得た推計額である。
(2) 特別経費(イ+ロ)二七四万六、四四四円
イ 国道端店舗の分((イ)+(ロ))一一七万二、七〇四円
(イ) 雇人費一〇一万八、九二〇円
別紙二「同業者一覧表(美容の部)昭和四八年分」記載の前記同業者らの雇人一人当り雇人費の平均五〇万九、四六〇円に原告の国道端店舗の雇人数二人を乗じて得た推計額である。
(ロ) 建物減価償却費一五万三、七八四円
別紙八の1記載のとおり。
ロ 駅裏店舗の分((イ)+(ロ))一五七万三、七四〇円
(イ) 雇人費一五二万八、三八〇円
前記同様に、雇人一人当り雇人費の平均五〇万九、四六〇円に原告の駅裏店舗の雇人数三人を乗じて得た推計額である。
(ロ) 建物減価償却費四万五、三六〇円
別紙八の2記載のとおり。
3 総収入金額等の推計について
(1) 推計の必要性
原告の本年分の事業所得中、美容の部に係る総収入金額、一般経費及び雇人費については、各実額を算定し得るに足る帳簿その他の資料がないので、それらは推計せざるを得ない。
(2) 推計の合理性
別紙二「同業者一覧表(美容の部)昭和四八年分」記載の数値は、名古屋国税局長が、昭和五三年三月二日付で、一宮税務署長に対し、同税務署管内における美容業者中、昭和四八年、同四九年、同五〇年分所得税の青色申告書を提出した者で、次の(イ)ないし(ロ)の条件に該当する者の課税事績につき調査を求め、同税務署長が、これを調査して報告した資料に基づくものである。
(イ) 暦年美容事業を継続して営んでいる者。但し、次のaからcに該当する者は除く。
a 年の中途において開廃業、転業又は業態を変更した者、あるいは他の業種目を兼業している者
b 小規模事業者で帳簿組織が簡易な記録方法(現金主義)によっている者及び期間損益が明確にされていない者
c 更正又は決定処分が行われたもののうち、国税通則法による申立期間及び出訴期間を経過していない者、並びに不服申立又は訴訟中の者
(ロ) セット椅子の台数が四台以上七台以下の者
(ハ) 従事員が一・五人以上六人以下の者
右資料によれば、本年分に係る同業者らのセット椅子一台当り収入金額の平均は一一五万七、三六四円、従事員一人当り収入金額の平均は一四三万三、七三九円、一般経費率の平均は三九・七四パーセント、雇人一人当り雇人費の平均は五〇万九、四六〇円である。
これら各平均値によれば、セット椅子台数及び従事員数と総収入金額とは相互に一定の関連が見受けられるから、多数の同業者の平均値として採用できる数値と言える。
従って、原告の事業に対して、かかる平均値を適用して推計することは、原告において特別の事情のないかぎり、合理的なものである。
(二) 喫茶の部(1-2)一七九万〇、三〇五円
1 総収入金額七七九万八、二三六円
原告の後記売上原価二四七万二、〇四一円を、別紙三「同業者一覧表(喫茶の部昭和四八年分」に記載の同業者二八名の売上原価率(収入金額に対する売上原価の割合)の平均三一・七〇パーセントで除して得た推計額である。
2 必要経費((1)+(2)+(3))六〇〇万七、九三一円
(1) 売上原価二四七万二、〇四一円
原告のコーヒーの仕入金額五三万〇、五〇〇円を、前記同業者らのコーヒー仕入割合(全仕入金額に対するコーヒー仕入金額の割合)の平均二一・四六パーセントで除して得た推計額である。
(2) 一般経費一七四万五、二四六円
前記総収入金額七七九万八、二三六円に、前記同業者らの一般経費率(収入金額に対する売上原価を除く一般経費の割合)の平均二二・三八パーセントを乗じて得た推計額である。
(3) 特別経費(イ+ロ+ハ)一七九万〇、六四四円
イ 雇人費一二八万六、六四四円
前記同業者らの雇人一人当り雇人費の平均六四万三、三二二円に、原告の雇人数二人を乗じて得た推計額である。
ロ 建物減価償却費一四万四、〇〇〇円
別紙八の3記載のとおり。
ハ 支払家賃三六万円
原告が訴外江崎勝助(以下「江崎」という)に支払った喫茶店舗(木曽川町黒田高田三六番地の四、以下同じ)の家賃である。
3 総収入金額等の推計について
(1) 推計の必要性
原告の本年分の事業所得中「喫茶の部」に係る総収入金額、一般経費及び雇人費については、各実額を算定し得るに足る帳簿その他の資料がないので、それらは推計せざるを得ない。
(2) 推計の合理性
別紙三「同業者一覧表(喫茶の部)昭和四八年分」に記載の数値は、名古屋国税局長が、昭和五三年三月二日付で、一宮税務署長に対し、同税務署管内における「喫茶業者」中、昭和四八年、同四九年、同五〇年分所得税の青色申告書を提出した者で、次の(イ)、(ロ)の条件に該当する者の課税事績につき調査を求めて、同税務署長が、これを調査して報告した資料に基づくものである。
(イ) 暦年喫茶事業を継続して営んでいる者。但し、次のaからcに該当する者は除く(abcは、美容業者に対する前記調査事項と同じ)。
(ロ) 売上金額が四〇〇万円以上一、四〇〇万円以下の者。但し、コーヒーの仕入金額が二六万五、二五〇円未満及び七九万五、七五〇円を超える者を除く。
右資料によれば、本年分に係る同業者らの売上原価率の平均は三一・七〇パーセント、コーヒー仕入割合の平均は二一・四六パーセント、一般経費率の平均は二二・三八パーセント、雇人一人当りの雇人費の平均は六四万三、三二二円である。
これらの各平均値によれば、コーヒーの仕入金額と総収入金額とは相互に一定の関連が見受けられるから、多数の同業者の平均値として採用できる数値と言える。
従って、原告の事業に対してかかる平均値を適用して推計することは、原告において特別の事情のない限り、合理的なものである。
(昭和四九年分)
総所得金額 八八六万七、七〇四円((一)+(二))
(一) 美容の部(1-2)四五五万三、三二六円
1 総収入金額((1)+(2))一、三二三万二、三九六円
(1) 国道端店舗の分六二五万九、六七六円
別紙四「同業者一覧表(美容の部)昭和四九年分」に記載の同業者二〇名のセット椅子一台当り収入金額の平均一四二万六、〇八八円に原告の国道端店舗のセット椅子台数五台を乗じて得た収入金額七一三万〇、四四〇円と、右同業者二〇名の従事員一人当り収入金額の平均一七九万六、三〇四円に原告の右店舗の従事員数三人を乗じて得た収入金額五三八万八、九一二円とを平均して得た推計額である。
(2) 駅裏店舗の分六九七万二、七二〇円
前記同業者らのセット椅子一台当り収入金額の平均一四二万六、〇八八円に原告の駅裏店舗のセット椅子台数六台を乗じて得た収入金額八五五万六、五二八円と、右同業者らの従事員一人当り収入金額の平均一七九万六、三〇四円に原告の右店舗の従事員数三人を乗じて得た収入金額五三八万八、九一二円とを平均して得た推計額である。
2 必要経費((1)+(2))八六七万九、〇七〇円
(1) 一般経費(イ+ロ)五〇三万二、二八一円
イ 国道端店舗の分二三八万〇、五五五円
前記総収入金額中にしめる国道端店舗の分六二五万九、六七六円に、前記同業者らの一般経費率の平均三八・〇三パーセントを乗じて得た推計額である。
ロ 駅裏店舗の分二六五万一、七二六円
前記総収入金額中にしめる駅裏店舗の分六九七万二、七二〇円に右同様一般経費率の平均三八・〇三パーセントを乗じて得た推計額である。
(2) 特別経費(イ+ロ)三六四万六、七八九円
イ 国道端店舗の分((イ)+(ロ))一五三万二、八四二円
(イ) 雇人費一三七万九、〇五八円
前記同業者らの雇人一人当り雇人費の平均六八万九、五二九円に原告の国道端店舗の雇人数二人を乗じて得た推計額である。
(ロ) 建物減価償却費一五万三、七八四円
別紙八の1のとおり。
ロ 駅裏店舗の分((イ)+(ロ))二一一万三、九四七円
(イ) 雇人費二〇六万八、五八七円
前記同業者らの雇人一人当り雇人費の平均六八万九、五二九円に原告の駅裏店舗の雇人数三人を乗じて得た推計額である。
(ロ) 建物減価償却費四万五、三六〇円
別紙八の2のとおり。
3 総収入金額等の推計について
(1) 推計の必要性
昭和四八年分と同様である。
(2) 推計の合理性
別紙四「同業者一覧表(美容の部)昭和四九年分」記載の数値の収集方法は、昭和四八年分と同じである。
右資料によれば、本年分に係る同業者らのセット椅子一台当り収入金額の平均は一四二万六、〇八八円、従事員一人当り収入金額の平均は一七九万六、三〇四円、一般経費率の平均は三八・〇三パーセント、雇人一人当り収入金額の平均は六八万九、五二九円である。
これら平均値によれば、セット椅子台数及び従事員数と総収入金額とは、相互に一定の関連が見受けられるから、多数の同業者の平均値として採用できる数値と言える。
従って、原告の事業に対して、かかる平均値を適用して推計することは、原告において特別の事情のないかぎり、合理的なものである。
(二) 喫茶の部(1-2)四三一万四、三七八円
1 総収入金額一、三一七万二、七〇七円
原告の後記売上原価四〇五万三、二四二円を、別紙五「同業者一覧表(喫茶の部)昭和四九年分」に記載の同業者三〇名の売上原価率の平均三〇・七七パーセントで除して得た推計額である。
2 必要経費((1)+(2)+(3))八八五万八、三二九円
(1) 売上原価四〇五万三、二四二円
原告のコーヒーの仕入金額八三万七、四〇〇円を、前記同業者らのコーヒー仕入割合の平均二〇・六六パーセントで除して得た推計額である。
(2) 一般経費二八二万六、八六三円
前記総収入金額一、三一七万二、七〇七円に、前記同業者らの一般経費率の平均二一・四六パーセントを乗じて得た推計額である。
(3) 特別経費(イ+ロ+ハ)一九七万八、二二四円
イ 雇人費一四三万八、二二四円
前記同業者らの雇人一人当り雇人費の平均七一万九、一一二円に、原告の雇人数二人を乗じて得た推計額である。
ロ 建物減価償却費一四万四、〇〇〇円
別紙八の3のとおり。
ハ 支払家賃三九万六、〇〇〇円
原告が江崎に支払った喫茶店舗の家賃である。
3 総収入金額等の推計について
(1) 推計の必要性
昭和四八年分と同様である。
(2) 推計の合理性
別紙五「同業者一覧表(喫茶の部)昭和四九年分」に記載の数値の収集方法は、昭和四八年分において述べたと同じである。但し、対象者の選定基準については売上金額が六〇〇万円以上二、五〇〇万円以下の者で、コーヒーの仕入金額が四一万八、七〇〇円未満及び一二五万六、一〇〇円を超える者を除いた。
右資料によれば、本年分に係る同業者らの売上原価率の平均は三〇・七七パーセント、コーヒー仕入割合の平均は二〇・六六パーセント、一般経費率の平均は二一・四六パーセント、雇人一人当り雇人費の平均は七一万九、一一二円である。
これら平均値によれば、コーヒーの仕入金額と総収入金額とは、相互に一定の関連が見受けられるから、右各平均値は、多数の同業者の平均値として採用できる。
従って、原告の事業に対してかかる平均値を適用して推計することは、原告において特別の事情のないかざり、合理的なものである。
(昭和五〇年分)
総所得金額 八九五万六、九九五円((一)+(二))
(一) 美容の部(1-2)四三六万二、二七七円
1 総収入金額((1)+(2))一、四六六万一、五二九円
(1) 国道端店舗の分六九三万二、六三一円
別紙六「同業者一覧表(美容の部)昭和五〇年分」に記載の同業者一九名のセット椅子一台当り収入金額の平均一五九万二、五三四円に、原告の国道端店舗のセット椅子台数五台を乗じて得た収入金額七九六万二、六七〇円と、右同業者一九名の従事員一人当り収入金額の平均一九六万七、五三一円に、原告の右店舗の従事員数三人を乗じて得た収入金額五九〇万二、五九三円とを平均して得た推計額である。
(2) 駅裏店舗の分七七二万八、八九八万円
前記同業者らのセット椅子一台当り収入金額の平均一五九万二、五三四円に、原告の駅裏店舗のセット椅子台数六台を乗じて得た収入金額九五五万五、二〇四円と、右同業者らの従事員一人当り収入金額の平均一九六万七、五三一円に、原告の右店舗の従事員数三人を乗じて得た収入金額五九〇万二、五九三円とを平均して得た推計額である。
2 必要経費((1)+(2)+(3))一、〇二九万九、二五二円
(1) 一般経費(イ+ロ)五六四万九、〇八八円
イ 国道端店舗の分二六七万一、一四三円
前記収入金額中国道端店舗の分六九三万二、六三一円に、前記同業者らの一般経費率の平均三八・五三パーセントを乗じて得た推計額である。
ロ 駅裏店舗の分二九七万七、九四五円
前記総収入金額中の駅裏店舗の分七七二万八、八九八円に前記一般経費率の平均三八・五三パーセントを乗じて得た推計額である。
(2) 特別経費(イ+ロ)四二五万〇、一六四円
イ 国道端店舗の分((イ)+(ロ))一七七万四、一九二円
(イ) 雇人費一六二万〇、四〇八円
前記同業者らの雇人一人当り雇人費の平均八一万〇、二〇四円に原告の国道端店舗の雇人数二人を乗じて得た推計額である。
(ロ) 建物減価償却費一五万三、七八四円
別紙八の1のとおり。
ロ 駅裏店舗の分((イ)+(ロ))二四七万五、九七二円
(イ) 雇人費二四三万〇、六一二円
雇人一人当り雇人費の平均八一万〇、二〇四円に原告の駅裏店舗の雇人数三人を乗じて得た推計額である。
(ロ) 建物減価償却費四万五、三六〇円
別紙八の2のとおり。
(3) 事業専従者控除四〇万円
原告の申告額のとおりである。
3 総収入金額等の推計について
(1) 推計の必要性
昭和四八年分と同様である。
(2) 推計の合理性
別紙六「同業者一覧表(美容の部)昭和五〇年分」に記載の数値の収集方法は、昭和四八年分において述べたと同じである。
右資料によれば、本年分に係る同業者らのセット椅子一台当り収入金額の平均は一五九万二、五三四円、従事員一人当り収入金額の平均は一九六万七、五三一円、一般経費率の平均は三八・五三パーセント、雇人一人当り雇人費の平均は八一万〇、二〇四円である。
これら平均値によれば、セット椅子台数及び従事員数と総収入金額とは、相互に一定の関連が見受けられるから、多数の同業者の平均値として採用できる数値と言える。
従って、原告の事業に対して、かかる平均値を適用して推計することは、原告において特別の事情のないかぎり、合理的なものである。
(二) 喫茶の部(1-2)四五九万四、七一八円
1 総収入金額一、三八九万一、八三五円
原告の後記売上原価四一〇万九、二〇五円を、別紙七「同業者一覧表(喫茶の部)昭和五〇年分」に記載の同業者三六名の売上原価率の平均二九・五八パーセントで除して得た推計額である。
2 必要経費((1)+(2)+(3))九二九万七、一一七円
(1) 売上原価四一〇万九、二〇五円
原告のコーヒーの仕入金額九四万六、三五〇円を、前記同業者らのコーヒー仕入割合の平均二三・〇三パーセントで除して得た推計額である。
(2) 一般経費三〇五万三、四二六円
前記総収入金額一、三八九万一、八三五円に、前記同業者らの一般経費率の平均二一・九八パーセントを乗じて得た推計額である。
(3) 特別経費(イ+ロ+ハ)二一三万四、四八六円
イ 雇人費一五九万四、四八六円
前記同業者らの雇人一人当り雇人費の平均七九万七、二四三円に、原告の雇人数二人を乗じて得た推計額である。
ロ 建物減価償却費一四万四、〇〇〇円
別紙八の3のとおり。
ハ 支払家賃三九万六、〇〇〇円
原告が訴外江崎に支払った喫茶店舗の貸借料である。
3 総収入金額等の推計について
(1) 推計の必要性
昭和四八年分と同様である。
(2) 推計の合理性
別紙七「同業者一覧表(喫茶の部)昭和五〇年分」に記載の数値の収集方法は、昭和四八年分において述べたと同じである。但し、対象者の選定基準については、売上金額が六、〇〇〇万円以上二、五〇〇万円以下の者で、コーヒーの仕入金額が四七万三、一七五円未満及び一四一万九、五二五円を超える者を除いた。
右資料によれば、本年分に係る同業者らの売上原価率の平均は二九・五八パーセント、コーヒー仕入割合の平均は二三・〇三パーセント、一般経費率の平均は二一・九八パーセント、雇人一人当り雇人費の平均は七九万七、二四三円である。
これら平均値によれば、コーヒーの仕入金額と総収入金額とは、相互に一定の関連が見受けられるから、右各平均値は、多数の同業者の平均値として採用できる。
従って、原告の事業に対してかかる平均値を適用して推計することは、原告において特別の事情のないかぎり、合理的なものである。
(被告の主張に対する原告の認否及び主張)
一 被告の主張に対する原告の認否
第二項の事実中、本件係争各年分の美容の部につき、国道端店舗のセット椅子台数が五台、駅裏店舗のセット椅子台数が六台、同店舗従事員数が三人であること、雇人費の平均額及び減価償却費が被告主張額のとおりであること(但し、国道端店舗の従事員数は被告主張より一人多い四人、雇人数は両店舗合計して被告主張より一人多い六人である)及び、喫茶の部において、コーヒーの仕入金額、雇人数及び雇人費、減価償却費が被告主張のとおりであることを認める、その余の事実及び主張は争う(なお、支払家賃は月額四万五、〇〇〇円である)。
二 原告の主張
(一) 質問検査の違法性について
昭和五一年一月一九日午前九時三〇分ころ、一宮税務署係官訴外五十嵐外一名は、係争年分の所得税調査のため原告経営にかかるミズノ美容院(駅裏店舗)に赴き、同所で、原告従事員訴外戸屋照子(以下「戸屋」という)から、原告は、同町大字黒田字高田四二番地(原告が確定申告書に原告の住所地として申告している場所)にいる旨告げられたにもかかわらず、本来先ず本人につき調査すべき事項を、あえて、戸屋から、しかも、事前に質問検査の理由と必要性を示すことなく質問(例えば、同人の月額給料額、右美容院の雇人数、材料の仕入先など)して調査し、右調査結果を資料の一部として、本件更正処分等をしたのである。
ところで、所得税の更正処分及び過少申告加算税等の賦課決定をなすために、税務職員が課税要件事実に関し当該関係者に質問、検査することは、もとよりなし得るところであるが、(所得税法二三四条等)、その場合における質問検査は、申告納税の建前からして、先ず納税義務者本人につきなされるべきであり、本人調査によって十分な資料が入手できなかった場合に限り、反面調査(所得税法二三四条一項三号、本人経営にかかる店の従事員もこれに入る)が許されるものと解するのが相当である。
この反面調査は、納税義務者本人にとって、場合により取引上の信用を失うこと等のおそれもあるから、その必要性は、厳格に解しなければならない。それ故、反面調査の場合の質問検査権の行使は、納税者本人の調査の過程において、その調査だけではどうしても課税標準や税額等の内容が把握できない場合に限って許されると解すべきであり、納税義務者本人の調査をせずに、反面調査を先にすることは違法である。また、反面調査が許される場合においても、被調査者に対し、事前にその旨を通知し、かつ、調査の必要性等を開示することを要すると考える。
本件につき、これをみるに、前記係官らは、戸屋から、納税義務者本人である原告が前記住所地にいる旨告げられており、事実原告本人は、その当時、同所にいたのであるから、係官としては、同所に赴き、まず、原告本人に質問すべきであった。
また、原告は、確定申告において住所を同所として届出ていたのであるから、係官らは、まず原告につき調査しようとすれば、同所に赴くのが自然である。ところが、係官らは、原告不在の可能性の高い美容院に赴き、しかも、調査の事前通知もせず、反面調査の必要性についてなんらの開示もしないで、戸屋に対し質問調査をしているのである。
以上の係官らの所為からすれば、係官らは、当初から原告を不実の申告者とみなし、まず無知な従業員から調査を始めようと考えたと推測でき、このような反面調査の方法は、憲法の定める租税法律主義、適正手続の原則に反し、かつ、自己申告納税制度の建前にも反し、違法であること明らかである。
よって、本件更正処分等は、違法な反面調査に基づいてなされたものであるから、その取消を求める。
(二) 本件推計の不合理性について
1 美容院関係
被告は、セット椅子台数に同業者の平均収入額を乗じた額をもって原告の所得金額を推計しているが、セット椅子台数を基準とすれば、遊休セット椅子についても所得があることになって不合理である。
もともと、原告の美容業においては、付近の機織工場で働く女子工員が主たる顧客であるが、近年の繊維産業における大不況により女子工員数が激減したため、セット椅子の約半分は、常に遊休の状態にあった。
従って、原告美容院の所得推計計算をするについては、セット椅子台数を基本とすべきではなく、従事員数を基本とし、これに同業者の平均収入額を乗じて得た数値によるべきである。
そして、原告美容院の従事員のうち、四人は無資格者であるから、これらの者は、推計計算の従事員数から除くべきである。
2 喫茶店関係
被告は、コーヒーの仕入額を基本として原告の所得金額を推計しているが、原告の喫茶店営業においてはコーヒー一杯の売値を他の同業者に比較して約二割安くしており、また、他の同業者に比較してコーヒーのポンド売り(コーヒー粉の売り)の割合が高いが、右ポンド売りの値段は、仕入額にその二割を加算したものである。
被告の推計計算は、原告のこのような特殊事情を全く考慮していない。
3 必要経費について
(1) 喫茶の部における特別経費中、支払家賃は車庫代を含めると、係争各年分とも月額四万五、〇〇〇円(年額五四万円)であるから、被告は支払家賃を過少に認定した違法がある。
(2) 原告は、昭和三〇年から、木曽川町大字黒田字高田四二番地において、金属加工業「平和錠製作所」を経営しており、喫茶店(昭和四七年一二月から経営)及び美容院(昭和三〇年ころから経営)は、副業である。
従って、原告の本件係争各年における課税対象所得を算出するにあたっては、当然に、右金属加工業における必要経費も算入されなければならないところ、原告は、昭和四八年以降、右金属加工業において、中国風照明器具の開発をすすめており、これに要する試験開発費として、金属、アルミニウム、塩化ビニール、めつき、鋲、ソケット代等毎年約三〇〇万円を支出しているので、これらは原告事業全体の必要経費に算入されるべきところ、被告は、これを算入していない違法がある。
(原告の主張に対する反論)
一 本件税務調査の適法性について
1 本件税務調査の経緯は、次のとおりである。即ち被告係官(訴外五十嵐文夫、同戸田政雄等)が、昭和五一年一月一九日午前一〇時過ぎごろ、原告の所得税に関する調査のために、駅裏店舗(ミズノ美容院)に赴き、原告の従業員である戸屋に対し、身分証明書を示して税務職員である旨を告げ、同人の承諾を得た上、同人の氏名及び住所、同人が同店舗の責任者であるか否か、日々の売上金の管理方法、材料の仕入先、同人の勤務年数、同人の給料の額、原告の所在先等を質問したところ、戸屋は同人の給料の額を除いて部下職員の質問に対して任意に答弁した。右問答の時間は、極めて短時間であった。その際、戸屋から原告は木層川町大字黒田字高田四二番地に居る旨告げられたので係官らは、直ちに、右番地の原告宅に赴き、原告と面接したところ、原告は、「原告より先に戸屋につき調査したことは違法であるから、質問に応ぜられない」旨答え、係官の帳簿等提示要請を拒否し、それ以来本件更正処分等がなされるまで、その態度を変えなかった。
2 ところで、係官のなした前記税務調査は、所得税法二三四条一項一号に基づき行われたものであるが、同号に規定する質問検査権の行使の相手方は納税者本人のみではなく、その業務に従事する家族、事業専従者、使用人、従業員も含まれるものと解される。このことは、もし、同条同項同号所定の質問検査権の行使の相手方を法文の文言どおり納税義務者本人のみに限定したとすれば、その業務に従事する家族等が対象者から、除外されることになるが、そうなると、業務の実態を把握することができない場合が多くなって、質問検査の実効性が失われる結果を招来することになることからも明らかである。
但し、納税義務者本人以外の者に対する調査については、その者の任意の承諾が必要とする見解も存する。
これを、本件につき言えば、被告係官は、原告が営業所を数多く所有しており、原告の所在等を聞くため交通の便のよい名鉄新木曽川駅に最も近いミズノ美容院を訪ねたに過ぎないのであって、他意はなく、また、戸屋に対する質問内容は美容院経営の一般的な概況を聞いたに過ぎず、しかも、同人の任意の承諾を得てなしたものであるから、もとより適法である。
3 仮に、原告の主張するように、本件調査が所得税法二三四条一項三号に規定する反面調査に該当するとしても、反面調査としての質問検査権の行使の時期、範囲及び方法について、税法上これを定めた規定はなく、これらは、税務調査の目的に照らし、質問検査の必要性と納税義務者ないし取引先の有する私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務係官の合理的な選択に委ねられており、右の範囲内であれば、納税義務者本人に質問検査権を行使する以前に反面調査を行っても何ら違法ではない。
被告係官の行った税務調査のための戸屋に対する前記質問検査権の行使は、社会通念上相当と認められる裁量の範囲内のものであるから、右調査手続は、もとより適法である。
二 本件推計の合理性について
1 美容の部について
(一) セット椅子の遊休について
原告は、美容の部の総収入金額の推計方法につき、原告の美容業においては、繊維産業の不況の影響により、セット椅子の半数が常に遊休の状態にあったから、原告が保有するセット椅子台数全部を推計計算の基礎とすることは、不合理であると主張する。
しかし、繊維産業の不況による影響は、一宮税務署管内においては、美容業者全体が、多かれ少かれ受けたのであって、原告のみがこれを受け、原告以外の同業者はこれを受けていないというものではないから、それは、原告の事業のみの特殊事情とは言えず、原告に対して本件同業者の平均値を適用する妨げとなるものではない。
なお、美容の作業は、多種の工程があって、従事員の有資格者と無資格者とが分業で流れ作業を行うものであり、薬液をかけた後の待時間帯や、ドライヤーの髪の毛を乾燥させる時間帯等は、従事員が関与しないのが通常であるから、セット椅子一台毎に従事員一名を必ず要するというわけではない。
従って、セット椅子台数が従事員数を上廻る場合でも、上廻った台数が当然に遊休であるとは即断できない。
しかも、原告は二店舗を有し、その従事員は、各店舗に固定されず、両店舗間を相互に応援し合っていたのであるから、実質的に見れば、従事員数を上廻るセット椅子台数部分が当然に遊休とは言えないことになる。
仮りに、そうでないとしても、セット椅子台数が従事員数を上廻る例は、同業者にも多数あることであり、本件同業者のセット椅子一台当り平均収入金額は右のような事情をも織込んだ数値であるから、右数値を基礎に原告美容院の所得を推計しても、不合理ではない。
(二) 従事員の資格の有無について
原告は、美容の部の総収入金額の推計方法につき、従事員数を基礎として推計すべきであるが、従事員中の無資格者は推計計算上の従事員数に算入すべきではないと主張する。
しかし、前記のとおり、美容の作業は多種の工程があって、従事員の有資格者と無資格者とが分業で流れ作業を行うものであるから、無資格者であっても収入を生ずることは明らかである。
また、本件同業者の従事員一人当り平均収入金額は、資格の有無による従事員の能力換算を行っていない数値であるから、これを原告に対して適用する場合、もし、原告の従事員についてのみ能力換算を行い、有資格者のみを従事員とみなすと、極めて不自然な結果を招来することになる。
従って、能力換算を行っていない平均値を適用する場合には、適用される方も能力換算を行わないのが当然であり、原告方の従事員中の無資格者も推計計算上は従事員数に算入すべきである。
2 喫茶の部について
原告の事業においては、小売額を同業者に比較して二割方低廉にしてある旨及び他の同業者に比較してコーヒーのポンド売りの割合が高い旨の主張事実は争う。
三 必要経費(試験開発費)について
原告は、金属加工業を営み、毎年約三〇〇万円を試験開発費として支出したから、右支出額は、必要経費に算入されるべきである旨主張するが、原告は、本訴提起に至るまで、右のような主張は、一度もしたことはなく、これを証する資料は、本訴においても提出されていないことからして、原告主張のような費用の支出は、認められないというべきであるが、仮りに、原告主張のような費用の支出があったとしても、それは、美容院及び喫茶店の営業とは全く関連性がないことは、明らかであるから、原告の主張は、失当である。もっとも、右支出額を繰延資産(所得税法二条一項二〇号、同法施行令七条一項二号又は三号)に該当すると見る余地がないではないが、その場合でも、原告主張の製品の販売業務を開始した年分以降の当該事業所得の計算上必要経費に算入されるに止まる(所得税法五〇条、同法施行令一三七条)ところ、原告が本件各年中に当該製品の販売業務を開始したという主張も立証も存しないから、原告の主張はいずれにしても失当である。
第三証拠
一 原告
1 甲第一号証、第二号証の一ないし四、第三、第四号証、第五号証の一ないし五、第六号証ないし第一八号証提出
2 原告本人尋問の結果(第一回、第二回)各援用
3 乙第三号証の一、二の成立は認める。その余の乙号各証の成立はいずれも不知。
二 被告
1 乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四、第五号証提出
2 証人佐野清の証言援用
3 甲第九号証の成立は認める。第三号証中手書き部分についての成立は不知、同号証のその余の部分の成立は認める。その余の乙号各証の成立はいずれも不知。
理由
一 本件各更正処分等がなされるに至った経緯については当事者間に争いがない。
二 本件税務調査の手続の適否
1 弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一一号証ないし第一六号証、原告本人尋問の結果(第一、二回)及び右尋問結果(第一回)により、成立を認めうる甲第一号証及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ、これに反する証拠は存しない。
被告係官訴外五十嵐文夫外一名は、昭和五一年一月一九日午前九時過ぎごろ、原告の本件係争年分の所得税に関する調査のために、原告経営にかかる名鉄新木曽川駅裏の木曽川町大字黒田字下市場一二五番地の一に所在するミズノ美容院(駅裏店舗)を訪れたところ、原告が不在であったので、右両名は、同所にいた原告の従業員戸屋(主任格)に対し、税務職員である旨を告げた後、調査の理由等は明示することなく、同女に対し、同女の従業員としての身分、勤務年数、給料額、材料の仕入先、店舗の改造年月日及び原告の所在先等について質問し、同女から、給料額を除いて、任意の回答を得た。
ついで係官らは、同日午前一〇時過ぎごろ、同町大字黒田字高田四二番地所在の原告居宅に赴むき、原告と面接し、税務職員である旨を告げた上係争年分の所得税調査のため、質問ないし帳簿類の提示を求めようとしたところ、原告は、戸屋からの通報により係官が、事前の通知もなく、かつ、原告本人に面接する前に駅裏店舗を訪ずれ、戸屋に対し質問調査をしたことを知り、違法な抜打ち調査であると考え立腹していたので、係官に、その旨を告げ、再三に亘る係官の要請を拒否し、回答ないし資料の提示をせず、それ以来原告は、係官に違法調査の所為のあったことを理由に、係官の質問調査を拒否する態度を変えず、被告ないし名古屋国税局長に抗議文を郵送したりし、本件更正処分等に至るまで帳簿等の提示は一切しなかった。
以上認定した事実によれば、被告係官らは昭和五一年一月一九日午前中に事前通知なく、駅裏店舗ミズノ美容院を訪れ、原告本人が同所にいなかったので、同店舗の従業員戸屋に対しその身分を告げた上調査の理由を明示することなく、質問調査を行い、任意の回答を得た上、原告方居宅に赴き質問調査を実施しようとして、原告から拒否されたことが明らかである。
なお、原告は、美容院二軒、喫茶店一軒を経営していることは当事者間に争いがなく、被告係官が、ミズノ美容院に原告が不在であることを知りながら、ことさら、同店舗従業員に抜打ち検査を実施しようとした意図があったと認めるに足りる証拠は存しない。
2 そこで、被告係官らの戸屋に対する右質問調査権行使の適否につき考えるに、所得税法二三四条一項一号所定の税務職員の質問検査権行使の相手方は、納税義務者本人のみでなく、その業務に従事する家族、従業員等をも包含すると解するのが相当である。けだし、同号所定の質問検査権行使の相手方を法文の文言どおり厳格に解し、納税義務者本人に限定すると、場合により当該業務の実態の正確な把握ができなくなるおそれを生じ、質問検査の実効性が失われる結果を招来することは見易い道理である。また、右のように解しても、別段納税義務者本人に不利益を課することになるものでもない。
そして、同条一項所定の税務職員の質問検査権行使による税務調査の範囲、程度及び手段等について、これを規制する法文は存しないから、すべて、税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。従って、税務調査実施にあたり、事前通知ないし調査の理由開示は、その適法要件ではない。また、臨場による質問調査に際し、納税者本人が不在のときは、従業員に質問調査し、任意の回答を得ることも、何ら違法とは言えない。
そして、被告係官らが、原告の不在を知りながら、ことさら戸屋に対し抜打ち調査を実施しようとした意図が存したとは認められないから、被告係官らの戸屋に対する質問検査権の行使は、合理的な裁量権の範囲内の行使としてもとより適法というべきである。
以上の説示に反する原告の主張は、採用できない。
三 本件係争年分における原告の総所得金額
1 推計の必要性について
証人佐野清の証言及び原告本人尋問の結果(第一回、第二回)によれば、原告は、本件係争各年分の原告の事業所得に係る総収入金額、一般経費、売上原価及び雇人費について、その実額を算定し得るに足る帳簿等を備付け、整備していなかったことが認められ、他にこれに反する証拠はない。
そして、原告は、被告係官らの税務調査につき、質問に対する回答や資料の提出を一切拒否したことは、先に認定したとおりである。
これら事実によれば、被告が原告の本件係争各年分所得金額の算定につき推計課税の方法によったことは相当というべきである。
2 推計の合理性について
(一) 美容の部についての合理性
(1) 証人佐野清の証言、右証言により真正に成立したと認めうる乙第一、第二号証によれば、名古屋国税局長は、一宮税務署長に対し、文書をもって、一宮税務署管内で、本件係争各年における被告主張のとおりの条件に該当する同業者(美容院、喫茶店)の課税事績につき報告を求め、同税務署長は文書でその報告をしたこと、右報告を一覧表にまとめたのが別紙二ないし七であること、右一覧表によれば、本件係争各年分の同業者(美容院)のセット椅子一台当りの収入金額の平均、従事員(継続雇用者)一人当りの収入金額の平均、一般経費率、雇人(臨時雇用者)費の平均は、それぞれ被告主張のとおりとなること、以上の事実が認められ、他にこれに反する証拠は存しない。
(2) 国道端店舗のセット椅子台数が五台、駅裏店舗のセット椅子台数及び従業員数が六台と三人であることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果(第一回)並びに弁論の全趣旨によると、国道端店舗の従業員は四人(内一名は有資格者)であって被告主張の三人を下らないこと、駅裏店舗の有資格者も一名であること、雇人数は国道端店舗が二人、駅裏店舗が三人で被告主張のとおりであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(3) 被告は、前記同業者の各平均数値及び前記原告二店舗のセット椅子台数、従業員数、雇人数等を基礎にして、原告の係争各年の収入金額と必要経費を被告主張のとおりの方法で推計計算したが、右計算は、特別事情のなき限りその基礎となる資料の収集方法、平均数値の算出方法、原告二店舗に対する具体的適用のいずれの点においても合理性、正確性が認められる(必要経費のうち雇人費の平均額と建物減価償却費については、当事者間に争いがない)。
(4) そこで、右推計計算につき合理性を失わしめるような特別事情の有無について判断する。
原告は、地元の繊維産業の不況の影響ないし従事員中無資格者の存することを理由に原告美容二店舗のセット椅子は、その半数が常に遊休の状態にあるから、推計計算の具体的適用につきセット椅子台数を基礎とする同業者の平均値ないし従事員数を基礎とする同業者の平均値を、そのまま原告に適用することは、不合理である旨主張する。
(イ) そこで右主張の当否につき考える。その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから、真正な公文書と推定すべき乙第四号証、証人佐野清の証言、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、本件係争各年度における地元の繊維産業は不況で、美容業の顧客である女子工員数は、それ以前に比し、大幅に減少し、そのため、一宮税務署管内における美容業者は一律にその影響を受けており、原告のみが受けているものではないことが認められ、他にこれに反する証拠は存しない。
してみれば、繊維産業の不況による影響は、原告美容業の特殊事情とは認められないから、原告に対して、原告と同一の事情の下にある地元同業者の前記各平均値を適用する妨げとなるものではない。
(ロ) 前掲乙第四号証、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、美容院の作業はブラッシング、シャンプー、ロット巻、薬品による髪洗、ロット巻の除去、ドライヤーによる髪の乾燥、顧客の希望する髪型のセット等多種の工程があり、従事員中の有資格者及び無資格者が分業で流れ作業を行うものであること(髪型のセット及びパーマネントをかけることは有資格者のみがする)、原告の二店舗の従事員は、各店舗に固定されず、相互に応援し合っていたこと、美容院におけるセット椅子台数は従事員数を上廻るのが通常であり、かつ、従事員中有資格者は一名が通常であること、以上の事実が認められ、他にこれに反する証拠は存しない。
右事実によれば、セット椅子台数が従事員数を上廻り、かつ、従事員の中に無資格者がいる場合でも、右上廻ったセット椅子が当然に遊休となるわけのものではないことが明らかであり、また、証人佐野清の証言によれば、前記同業者の従事員一人当りの収入金額の数値は、有資格者と無資格者の能力換算はしていないことが認められるから、セット椅子一台当りの収入金額及び従事員一人当りの収入金額の平均数値を原告美容業に適用することに不合理性は認められない。
(5) 以上の次第で、原告に特別事情の存することは認められないから、被告のした推計計算は、合理性があり、正当と認める。
(二) 喫茶の部についての合理性
(1) 別紙二ないし七の一覧表作成の経緯は、前記のとおりであり、右一覧表によれば、本件係争各年分の同業者(喫茶店)の売上原価率、コーヒー仕入割合、一般経費率、雇人一人当りの雇人費の平均は、それぞれ被告主張のとおりとなることが明らかである。
そして、コーヒーの仕入金額、雇人数、建物減価償却費雇人費の平均額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いはない。
(2) 争点項目についての判断
(イ) 原告は、喫茶の部における特別経費中、支払家賃は、本件係争各年分とも五四万円(月額四万五、〇〇〇円)であったと主張するので考えるに、成立に争いのない甲第九号証、乙第三号証の一、二によれば、支払家賃は、被告主張のとおり昭和四八年分は三六万円(月額三万円)、同四九年、同五〇年は各三九万六、〇〇〇円(月額三万三、〇〇〇円)であることが認められ、これに反する証拠は存しない。
原告本人尋問の結果(第二回)及び右尋問の結果により成立を認めうる甲第八号証によれば、原告は、その営業する喫茶店及び後記平和錠製作所の用に供するため、ライトバン一台を所有し、訴外石井孝男から旧国道二二号線端の駐車場一台分を、昭和四八年分、同四九年分、同五〇年分として各四万八、〇〇〇円で賃借りしていたことが認められ、他にこれに反する証拠は存しない。
してみると、支払家賃は車庫代も含めて、昭和四八年分は四〇万八、〇〇〇円、同四九年分同五〇年分は各四四万四、〇〇〇円である。
(ロ) 利益率
原告は、同業者に比し、コーヒー一杯の小売値を約二割低くしており、かつ、コーヒー粉の小売りの割合も高いから、利益率は同業者の平均より低くなる旨主張する。
よって、右主張の当否につき判断するに、原告本人尋問の結果(第一回、第二回)、右尋問の結果(第二回)により、成立を認めうる甲第六、七号証、によれば、原告がコーヒー一杯の小売値を、昭和四九年九月二五日以前は、一二〇円、それ以降は一五〇円としていたこと、コーヒー粉の小売は、来店する顧客の約一割についてなされたこと、以上の事実が認められ、他に、これに反する証拠は存しない。
そして、原告の右コーヒー一杯の小売値が他の同業者のそれに比し、約二割低かったと認めるに足りる証拠はないし、コーヒー粉の小売の割合が、同業者のそれに比し高いと認めるに足りる証拠は存しない。
原告の主張にそう原告本人尋問の結果(第一回、第二回)部分は、たやすく信用し難い。従って、原告の右主張は理由がない。
(ハ) 試験開発費
原告は、その営業にかかる金属加工業において、試験開発費として毎年三〇〇万円を支出したので、右金額を必要経費とすべき旨主張し、成立に争いのない甲第三号証(但し、手書部分は除く)、原告本人尋問の結果(第一回、第二回)、右尋問の結果(第一回)により成立を認めうる甲第二号証の一ないし四、第三号証中の手書部分、第四号証、第五号証の一ないし六、右尋問の結果(第二回)により成立を認めうる甲第一〇号証によれば、原告は、本件係争各年において、平和錠製作所なる屋号を用いて主として、浴室用の錠前ないし中国風の照明器具の開発、試作に従事していたことが認められるけれども、弁論の全趣旨によれば、原告は、税務当局に対し、申告当時から本訴提起に至るまで、試験開発費の主張を一度もしたことがないことが認められ、右事実に、本件係争各年において、右事業に原告が毎年三〇〇万円の試験開発費の支出をしたと認めるに足りる資料が何ら存しないことからすれば、原告主張事実は肯認できず、原告本人尋問の結果(第一回)部分中右主張にそう部分は、たやすく信用し難い。
従って、原告の右主張は、もとより失当である。
(3) 被告は、前記同業者の各平均数値及び当事者間に争いのない原告の年間コーヒー仕入高、雇人数、雇人費の平均額、建物減価償却費を基礎として、原告の係争各年の喫茶業収入金額と必要経費を被告主張のとおりの方法で推計計算したが、右計算は、特別事情の認められない本件においては、その基礎となる資料の収集方法、平均数値の算出方法、原告店舗に対する具体的適用のいずれの点においても、合理性を有し、正当と認められる。
但し、必要経費中の支払家賃は、前記認定の車庫代を含めるのが相当である。
四 以上の次第であるから、原告の本件係争各年度の総所得金額は、被告主張金額より各四万八、〇〇〇円を差引いた額、即ち昭和四八年分は五四二万三、六二五円同四九年分は八八一万九、七〇四円、同五〇年分は八九〇万八、九九五円となるから、右各金額の範囲内でなされた本件各更正処分等は、いずれも適法である。
よって、本件各更正処分等の取消を求める原告の請求は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本武 裁判官 浜崎浩一 裁判官 原田卓)
別紙一
課税処分表
<省略>
別紙二 同業者一覧表(美容の部)昭和48年分
<省略>
別紙三 同業者一覧表(喫茶の部)昭和48年分
(3-1)
<省略>
(3-2)
<省略>
別紙四 同業者一覧表(美容の部)昭和49年分
<省略>
別紙五 同業者一覧表(喫茶の部)昭和49年分
(5-1)
<省略>
(5-2)
<省略>
別紙六 同業者一覧表(美容の部)昭和50年分
<省略>
別紙七 同業者一覧表(喫茶の部)昭和50年分
(7-1)
<省略>
(7-2)
<省略>
別紙八の1
建物減価償却費計算表
(昭和48.49.50年分に共通)
美容の部・国道端店舗
<省略>
(注)1. A物件の取得価額は、固定資産税評価額の基となった3.3m2当りの評点数72.066点を基にして次の計算によるものである。
<省略>
2. B物件の取得価額は、原告が被告に提出した昭和38年分の青色申告決算書に記載されていたものである。
3. C物件の取得価額は、固定資産税評価額の基となった価額を基にして次の計算によるものである。
165.400円×1.5倍=248.100円
別紙八の2
美容の部・駅裏店舗
<省略>
(注) 取得価額は、原告が被告に提出した昭和38年分の青色申告決算書に記載されていたものである。
別紙八の3
喫茶の部
<省略>
(注) 取得価額は、原告が株式会社美杉インテリアに昭和46年12月3日に支払った額である。